研究概要RESEARCH
脳卒中は、脳梗塞と脳出血に大きく分けられます。どちらもある日突然発症し、その後の生活に大きな支障が出てしまいます。脳卒中によって脳がダメージを受けた後には脳内で炎症が起こるのですが、炎症はいつか自然に治まり、傷ついた脳組織が修復され始めます。私共の研究室では、世界でも第一線の神経科学・免疫学的な解析手法を独自に応用することによって、脳卒中後の炎症がどのように修復へと変化していくのかを解明しようとしています。脳卒中で脳の機能が失われた場合、現状これを取り戻す方法はリハビリしかなく、長期に渡って使用できる有効な治療薬はまだ開発されていません。脳がダメージから回復する過程を解明することで、リハビリに励む脳卒中患者さんの助けになるような治療法を開発したいと考えています。
(右図は当研究室に所属していた川口さんに描いて頂きました。)
脳卒中とは
日本は世界の中でも特に高齢化が進んでおり、3人に1人が高齢者となることが予想されています。65歳以上の高齢者が入院する原因は脳卒中が1番多く、脳卒中の患者さんは今後も増加すると考えられています。本邦における主な死因ではがん、心臓病、肺炎に次いで第4位が脳卒中ですが、寝たきりの原因の1位(33.8%)は脳卒中、2位(18.7%)が認知症です。脳卒中はある日突然起こり、脳が傷ついてしまうとんでもない病気です。手足が動かせない・使いにくい、手足や顔の感覚が鈍い・しびれる、言葉がしゃべりにくい・分からない、目が見えにくい・物が二重に見える、などの症状が突然出現します。これらの脳神経の症状が後遺症として残ると、身体を動かしにくい、服を着ることができない、食事をすることができない、など日常生活の動作に支障を来すことになります。脳卒中になったからといって死に至る確率は高いわけではありませんが、後遺症が残って日常生活に支障が出る、症状がひどい場合には寝たきりになる、認知症を発症するきっかけとなる、認知症が悪化する、など発症前の元気な生活には戻れなくなる可能性があります。脳卒中を起こした場合には、症状の程度に応じて1~3週間の病院での治療を受け、その後はリハビリテーションを続けながら可能な限り元の生活に戻ることを目指すことになります。
当研究室(新・脳卒中ルネサンスプロジェクト)が目指すもの
私共の研究室では、様々な最新の研究技術を有する若手の研究者が一堂に会して、脳卒中を起こした後の脳で起こる現象を解明します。特に脳梗塞が起こった後の、脳組織の修復過程を様々な生体内分子のレベルで説明できるようにすることを目標とします。修復過程の分子メカニズムが明らかになれば、これを標的として、脳組織の修復を促進するような治療法の開発を行います。脳卒中患者さんのリハビリテーションの効率を上げ、認知症を予防するような治療法を目指します。
私共は脳卒中ルネサンスプロジェクト(@東京都医学総合研究所)において、これまでに前例のないほどの免疫学-神経科学融合研究を実践しました。「脳卒中ルネサンス」には患者さんの社会的な「復活」という願いと、脳卒中の研究を最新の分子生物学、生化学、免疫学、神経科学を融合させた斬新な視点から「再興」するという願いが込められており、これから数十年の脳卒中研究の最前線を開拓し続ける決意を表しています。これまでの脳卒中の研究は、発症後にどのような現象が起きているかを解明する研究がほとんどでした。脳卒中の病態が悪化しないように、解明された現象から様々な薬剤が開発されましたが、残念ながら患者さんの治療効果が確認された薬剤はほとんどありませんでした。脳卒中医療の最終的な目標は、患者さんの脳神経の症状を改善することにあります。
脳卒中患者さんはリハビリテーションによって、発症数ヶ月~数年にわたり脳機能の改善が期待できます。手足を動かしたり、物事を判断したり、人間が生きていくために脳が担う機能は脳卒中によって壊れてしまいます。リハビリテーションによって脳神経の症状が改善するということは、壊れた脳の機能を代償して修復するメカニズムも脳には備わっているようです。しかしその実態はほとんど明らかになっていません。脳の修復メカニズムを解明するために、脳を分子だけ、神経だけ、という1つの学問から研究するのでは、達成は困難を極めそうです。私共のプロジェクトでは、免疫学、分子生物学、神経科学、生化学を専門とする研究者が参画し、世界でも稀な脳卒中の基礎研究を行うユニットが形成されています。
これからの脳研究の発展に寄せて
私自身は医学部の1~2年生の時に、軽音楽部の先輩方と分子生物学研究会に参加していたことが研究者を志すきっかけとなり、長期休暇のほとんどを研究に費やすほどのめり込みました。医師として診療に当たる時間は、患者さんと触れあえる幸せなひとときなのですが、それ以外の時間は寝ても覚めても研究のことばかり考えているような気がします。私の場合、研究の新しいアイデアは風呂やトイレにいる時、電車に乗って景色を眺めている時、細胞培養などのルーチンワークとしての実験をこなしている時に、ふと思いつくことが多いです。大抵は頭がお花畑になっていて実現不能なアイデアなのですが、たまに研究の土台になりそうな発想や、日頃は見失っていた着眼点に気付かされることがあります。このように研究者の醍醐味は、自分の好きなことを好きなだけ考えていられる自由にあって、思いついたことを実証する(世の中に還元する)機会が与えられている幸せであるように思われます。失敗も多い研究生活ですが、それでも研究で疲れを感じたことがないのは、知りたい・やりたい研究課題がいっぱいだからなのかもしれません。私共の研究室が少しでも世の中のお役に立てるようでしたら、これ以上の喜びはありません。