東京都医学総合研究所への赴任
(ここに東京都医学総合研究所に赴任した経緯を記載予定です。)
脳卒中という病気
脳卒中には、脳の血管が詰まる脳梗塞、脳内の血管が破れる脳出血、脳を取り巻く血管にできたコブ(脳動脈瘤)が破裂するクモ膜下出血の3つの病気が含まれます。わが国では脳梗塞が全体の7~8割を占めています。
脳卒中が起こって脳が傷つくと、手足のマヒや言葉の障害などの後遺症が残ってしまいます。クモ膜下出血では半数以上が死亡または後遺症を残し、脳梗塞と脳出血でも早期の治療がなされなかった場合、深刻な後遺症に悩まされる可能性があります。
なぜ脳卒中なのか ― 社会的背景
わが国では少子高齢化社会がこれまでにない規模で進んでおり、健康に問題がない状態で過ごせる期間という意味での「健康寿命」が重要視されています。脳卒中は寝たきりの原因の第1位を占めており、発症前の元気な生活に戻れなくなる可能性がある深刻な病気です。
しかし現状、脳卒中で失われた脳の機能を取り戻す方法はリハビリテーションしかなく、長期にわたって使用できる有効な治療薬はまだ開発されていません。世界中で抗炎症薬の臨床試験が繰り返されてきましたが、炎症を「抑える」という従来の戦略では、脳卒中後の後遺症を改善するには至りませんでした。
プロジェクトの目標 ― 脳卒中になっても治る時代へ
私たちのプロジェクトは、脳卒中後の炎症がどのように修復へと変化していくのかを解明しようとしています。
脳卒中によって脳がダメージを受けると、脳内で炎症が起こります。しかし、炎症はいつのまにか自然に治まり、傷ついた脳組織が修復され始めます。私たちの研究により、脳梗塞の直後に脳に侵入した免疫細胞が、約1週間後には自ら炎症を終わらせ、今度は脳を修復する細胞へと変わっていくことがわかってきました。神経系と免疫系が緊密に連携して、脳の修復プログラムを推し進めているのです。
こうした研究を通じて、傷ついた組織で炎症が起こるのは必然であり、傷ついた組織が治る(修復される)ために炎症が必要なのではないか、という考えに至りました。
炎症が修復へと変わるメカニズムはまだほとんど解明されていません。傷ついた脳を治すためには、修復が始まるメカニズムを明らかにするのが早道ではないでしょうか。脳の修復メカニズムを解明するために、最先端の免疫学、神経科学、分子生物学を高いレベルで融合させ、リハビリに励む脳卒中患者さんの助けになるような治療法を開発したいと考えています。
図:炎症から修復への転換
脳梗塞の直後、免疫細胞は炎症を起こして神経を傷つけるが、約1週間後には同じ免疫細胞が修復を促す細胞へと転換する。この神経免疫連携のメカニズムを解き明かし、治療に応用することが、脳卒中ルネサンスプロジェクトの中心テーマである。
Review
Neuroimmune mechanisms and therapies mediating post-ischaemic brain injury and repair
Shichita T, Ooboshi H, Yoshimura A.
Nature Reviews Neuroscience. 2023; 24: 299–312.
「脳卒中ルネサンス」に込めた想い
「脳卒中ルネサンス」には、二つの想いが込められています。一つは、脳卒中患者さんの社会的な「再生」。脳卒中になっても、ふたたび社会で活躍できる日を取り戻してほしい。もう一つは、今までとは違った視点から脳卒中研究を「復活」させるということ。従来の炎症抑制という枠を超えて、神経免疫連携という新しい視座から脳の修復メカニズムに挑むことで、脳卒中の治療開発を前に進めたい。
未来の医療として、脳卒中になっても治る時代へ変えていきたい——これはやりがいのある大きなテーマです。
個人の原点 ― 炎症研究から修復研究へ
これまでに脳梗塞後に起こる炎症のメカニズムを解明してきました。炎症をターゲットとして新たな脳卒中の治療法を開発するやり方は世界的に進められています。しかし、研究を進めるなかで、炎症が修復に直結していると感じることが多々ありました。
脳卒中によって脳が傷つくと後遺症が残ってしまいますが、患者さんはリハビリテーションによって失われた機能を取り戻すことができます。ならば、脳には修復するためのメカニズムも備わっていると考えることができます。この発想の転換こそが、脳卒中ルネサンスプロジェクトの出発点です。
6年間の歩み ― そして東京科学大学へ
東京都医学総合研究所での6年間は、ラボのみんなと一緒に研究に打ち込むことが本当に楽しい日々でした。その原動力は、メンバー一人ひとりの飽くなき探究心と、最新の技術や方法論への尽きない興味に支えられていました。すべてはみんなのおかげでした。
脳機能回復のメカニズムは、それまでほとんど神経生理学的な研究しか行われていませんでした。分子や細胞のレベルで回復メカニズムが存在するかどうかの探索は、まさにchallengingなものでした。まさか脳機能回復メカニズムの研究を、ソリッドな生化学研究によって実証できるとは、始めた当初は想像もしていませんでした。
この成果を、脳神経レベルでの回路再編成から、個体レベルでの運動・認知機能回復、さらには患者さんの社会生活復帰へと展開・実装するため、東京科学大学での新規プロジェクトに発展させました。