炎症の「収束」を早めるという発想
前回の研究で、脳梗塞後の炎症を引き起こす主要なDAMPsがPeroxiredoxin(Prx)であることを明らかにしました。その後、蛍光標識したPrxを脳から回収した免疫細胞にふりかけて挙動を観察していたとき、Prxが細胞の表面に留まるのではなく、内部に取り込まれていくことを偶然発見しました。
ちょうどその頃、世界中で脳梗塞に対する抗炎症治療薬の臨床試験が次々と失敗していました。炎症を「ブロック」するという戦略は、本当に脳卒中の予後を改善するのだろうか——そんな疑問を持ち始めていました。一度始まった炎症を無理に抑え込むのではなく、炎症が自然に「収束」するメカニズムを理解し、それを加速させることで、より早く脳の機能回復を誘導できるのではないか。蛍光標識Prxの取り込みという偶然の発見が、この新しい研究の方向性への扉を開いてくれたのです。
スカベンジャー受容体によるDAMPsの排除
蛍光標識したPrx、HMGB1、S100A8/A9を脳梗塞後3日目の脳から回収した細胞に加えると、これらのDAMPsはF4/80陽性の骨髄系細胞に効率よく取り込まれました。取り込まれたDAMPsは、1時間後には細胞質にびまん性に分布し、6時間後にはリソソームと共局在する小胞構造に集積していました。つまり、浸潤してきたマクロファージがDAMPsを積極的に「食べて」分解していたのです。
では、DAMPsの取り込みを担う受容体は何なのか。この問いに答えるため、DAMPsを効率よく取り込むマクロファージ細胞株RAW264.7に着目しました。そして、ENU(N-ethyl-N-nitrosourea)を用いたランダム変異導入という、ある意味で無茶な手法を選びました。学部生の頃に教科書で知った古典的なランダム変異による分子同定法——変異原を処理した細胞から「ある機能を失った変異株」を選別し、失われた遺伝子を突き止めるという方法に、ずっと憧れていたのです。
ENU処理後、Prxを取り込めなくなった変異株をFACSで繰り返し選別し、限界希釈法で3つの変異株(Mut 1〜3)を樹立しました。親株と変異株の遺伝子発現プロファイルを比較し、発現が著しく低下した膜受容体遺伝子と転写調節因子遺伝子を絞り込みました。それぞれのcDNAをレンチウイルスで変異株に再導入し、Prxの取り込みが回復するかどうかを一つひとつ検証した結果、スカベンジャー受容体MSR1と転写因子MAFBの2つが、DAMPsの取り込みに必須であることを見出しました。
MSR1と同じクラスAスカベンジャー受容体ファミリーに属するMARCOもまた、DAMPsの取り込みを回復させました。MSR1とMARCOは、Prxだけでなく、HMGB1やS100A8/A9といった主要なDAMPsを幅広く取り込むことができる「掃除屋受容体」だったのです。
ビタミンA誘導体Am80による治療効果
ランダム変異で同時に見つかった転写因子MAFBは、MSR1の遺伝子プロモーター領域に直接結合してその発現を誘導していました。脳梗塞後3日目に浸潤マクロファージでMSR1の発現が上昇するのは、まさにMAFBの働きによるものでした。マクロファージ特異的にMafb遺伝子を欠損させたマウスでは、MSR1の誘導が起こらず、DAMPsの蓄積が増え、梗塞体積と神経症状が有意に悪化しました。
MAFBがDAMPs排除の「鍵」であることがわかれば、MAFBの発現を促進する薬を見つければ治療薬になる——そう考えました。レチノイン酸受容体(RAR)のアゴニストがMafb mRNAの発現を誘導するという報告に着目し、様々なアゴニストを検討した結果、Am80(タミバロテン)がもっとも効果的にMafbの発現を増強し、MSR1を介したDAMPsの排除を促進することを見出しました。
Am80は、東京科学大学生体材料工学研究所所長の影近弘之先生が開発されたビタミンA誘導体です。私が東京科学大学で研究を始められたことは、この薬との出会いを含め、大変光栄なことだと思っています。
Am80を脳梗塞直後に投与すると、梗塞体積の縮小と神経症状の改善が得られました。さらに重要なことに、Am80は発症24時間後に投与を開始しても長期的な予後を改善したのです。既存の血栓溶解療法が発症4.5時間以内しか適応がないことを考えると、この長い治療可能時間は臨床的に大きな意味を持ちます。Am80の治療効果は、マクロファージ特異的Mafb欠損マウスやMsr1/Marco欠損マウスでは大幅に減弱したことから、MAFB–MSR1経路を介した炎症収束の促進が主要なメカニズムであることが確認されました。
MSR1を高発現するマクロファージは脳を「修復」する細胞だった
脳梗塞後3日目の脳から、MSR1の発現が高い細胞(MSR1hi)と低い細胞(MSR1lo)を分離して性質を比較しました。MSR1hi細胞はDAMPsの取り込み効率が高いだけでなく、TNF-α、IL-1β、IL-23p19といった炎症性サイトカインの発現が低く、代わりに神経栄養因子であるインスリン様成長因子1(IGF1)を高発現していました。
つまり、MSR1を高発現する浸潤マクロファージは、炎症を引き起こす細胞ではなく、DAMPsを排除しながら脳の修復を助ける「修復型マクロファージ」だったのです。浸潤直後は炎症を促進していたマクロファージが、MAFBの働きによってMSR1の発現を高め、脳内で修復型へと転換していく。MSR1やIGF1は、まさに脳を治す修復細胞のマーカーだと考えました。
図:MAFB-MSR1経路による炎症収束の概念図
脳梗塞後、浸潤マクロファージは脳内環境に応答してMAFBを発現し、MSR1の転写を誘導する。MSR1を介してDAMPs(Prx、HMGB1、S100A8/A9)が効率よく取り込まれ・分解されることで炎症が収束する。MSR1hiマクロファージはIGF1を産生する修復型細胞であり、Am80はMAFBの発現を増強することでこのプロセスを加速する。
Original Paper
MAFB prevents excess inflammation after ischemic stroke by accelerating clearance of damage signals through MSR1
Shichita T, Ito M, Morita R, Komai K, Noguchi Y, Ooboshi H, Koshida R, Takahashi S, Kodama T, Yoshimura A.
Nature Medicine. 2017; 23: 723–732.
その後の展開——そして脳卒中ルネサンスプロジェクトへ
この論文は発表直後にNature Reviews Drug Discoveryに「DAMPening damage after stroke」として紹介され、「炎症の収束を促進する」という治療コンセプトが注目されました。その後、中国のグループからはフタリド誘導体CD21がMAFB-MSR1経路を介して脳梗塞モデルラットで神経保護効果を示すことが報告され、脳梗塞後の炎症におけるDAMPs関連遺伝子の時間的発現プロファイルを網羅的に解析した研究でも、MSR1が亜急性期に誘導される重要な食細胞受容体として確認されました。2022年にはMSR1の多臓器における機能に関する包括的レビューが発表され、脳梗塞におけるDAMPs排除機能がMSR1の重要な役割の一つとして位置づけられています。2025年のInflammation and Regeneration誌の総説では、MSR1陽性マクロファージが脳修復期における中心的な免疫細胞として紹介されています。
しかし、ここまで研究を進めたにもかかわらず、製薬会社や企業と共に脳梗塞治療薬を開発するための研究に発展することはありませんでした。Am80は脳梗塞に対する治療可能時間を広げる可能性を示しましたが、実際に臨床応用に至るまでの道のりは、基礎研究の枠組みだけでは越えられない壁がいくつもあります。
よほど画期的なコンセプトで脳卒中治療薬を開発しなければ、実用化は無理だ——そう強く感じました。炎症を「抑える」のではなく「収束させる」という発想の転換は、一つの前進でした。しかし、本当に患者さんのもとに届く治療を生み出すためには、もっと根本的な問いに向き合わなければなりません。脳は炎症の後、どのようにして「治る」のか。その修復メカニズムそのものを理解し、それを強力に誘導する——そのような、まったく新しいパラダイムが必要だと考え、「脳卒中ルネサンスプロジェクト」を立ち上げました。