脳の中で、なぜ炎症が起こるのか
前回の研究で、脳梗塞後にマクロファージがIL-23を産生し、γδ型TリンパがIL-17を介して炎症を長引かせることを明らかにしました。しかし、そもそも脳に侵入してきたマクロファージを「活性化」しているのは何なのか——その根本的な問いは未解決のままでした。
ちょうどこのころ、自然免疫の研究は急速に進展していました。細菌やウイルスを認識するToll-like receptor(TLR)の発見に続き、病原体由来の分子(PAMPs)だけでなく、損傷を受けた自分自身の細胞から放出される分子(DAMPs:damage-associated molecular patterns)もTLRを介して炎症を惹起するという「無菌的炎症」の概念が世界的に広がり始めていました。脳梗塞は、細菌感染を伴わない無菌的な組織傷害です。ならば、壊死した脳細胞から放出される何らかの分子が、侵入してきた免疫細胞を活性化しているはずだ。そう考えて、脳の中に潜む未知のDAMPsを探す研究を始めました。
脳抽出液からPeroxiredoxinを同定する
まず、マウスの脳を破砕して得られた脳抽出液(brain lysate)を、骨髄由来の樹状細胞にふりかけてみました。すると、IL-23をはじめとする炎症性サイトカインのmRNAが急速に誘導されました。この活性はTLRシグナル伝達に必須のアダプタータンパク質MyD88に完全に依存しており、脳のDAMPsがTLRを介して免疫細胞を刺激していることが示唆されました。
次に、この炎症惹起活性の正体を突き止めるため、生化学的な手法を総動員しました。熱処理やプロナーゼ処理で活性が消失することから「タンパク質」であることを確認し、ショ糖密度勾配遠心で活性の高い画分を絞り込み、さらに液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)で候補タンパク質を同定しました。15種以上の候補の中から一つひとつリコンビナントタンパク質を作製してスクリーニングした結果、Peroxiredoxin(Prx)ファミリー、特にPrx5とPrx6がIL-23の強力な誘導因子であることを突き止めたのです。
さらに、脳抽出液からPrxを特異的抗体で除去すると、IL-23誘導活性が大幅に低下しました。一方、もう一つの有名なDAMPsであるHMGB1を除去しても、影響はわずかでした。Prxこそが、脳の炎症を引き起こす主要なDAMPsだったのです。
壊死した脳細胞からPeroxiredoxinが放出される
Peroxiredoxin(Prx)は、もともと細胞内で活性酸素種(ROS)を消去する抗酸化酵素として知られ、臓器保護に寄与するタンパク質です。しかし私たちは、虚血後の脳では状況がまったく異なることを発見しました。
脳梗塞後の脳組織を免疫組織化学染色で観察すると、梗塞巣ではPrx6の発現が著しく増加していました。この変化は発症後4時間まではわずかでしたが、12時間以降に顕著となり、発症1日目にピークを迎えました。共焦点レーザー顕微鏡で詳しく調べると、Prx6陽性の断片状の顆粒がTUNEL陽性(壊死した)細胞の周囲に散在しており、壊死した脳細胞からPrxが細胞外へ放出されていることが視覚的に確認できました。そして、この放出されたPrxは、脳に浸潤してきたF4/80陽性のマクロファージの細胞膜上に共局在していたのです。
Prxによる炎症惹起はTLR2およびTLR4を介しており、両方の受容体を欠損したマウスでは炎症性サイトカインの発現が著しく低下し、IL-17産生T細胞の数も減少しました。骨髄キメラ実験により、この応答は脳に常在するミクログリアではなく、血液から浸潤してきたマクロファージが担っていることも明らかになりました。
興味深いことに、Prxは脳だけでなく、肺、腎臓、心臓といった虚血や梗塞の病態が生じる臓器にも高発現しています。酸素の供給が途絶えるリスクのある臓器に、抗酸化酵素であるPrxが豊富に蓄えられている——これは生命の巧妙な防御機構であると同時に、壊死が起きた場合には大量のDAMPsが一気に放出される「諸刃の剣」でもあります。
Peroxiredoxinの2面性——臓器保護と炎症惹起
すべてのPrxファミリータンパク質が樹状細胞を活性化できることから、私たちはPrxに共通する特定の構造がTLR2・TLR4を刺激しているのではないかと考えました。Prx5の欠失変異体を作製して解析したところ、IL-23誘導活性はアミノ酸残基70〜90番目の領域に局在していました。この領域はβ4シートとα3ヘリックスを含み、Prxファミリー間だけでなく、細菌からほ乳類まで種を超えて高度に保存された構造でした。
この発見は、Prxの2面性を分子レベルで説明するものでした。Prxが細胞内で抗酸化酵素として機能するために重要なシステイン残基は、細胞外に出て酸化されると不活性化されます。一方、DAMPsとしての炎症惹起活性は、このシステイン残基とは対極的な位置にあるα3ヘリックス領域が担っていました。つまり、Prxは一つの分子の中に「臓器保護」と「炎症惹起」という2つの正反対の機能を、別々の構造ドメインで併せ持っていたのです。
脳卒中の予後という観点から見ると、この2面性はきわめて重要な意味を持ちます。虚血が始まった瞬間、Prxは細胞内で抗酸化酵素として脳細胞を守ろうとします。しかし、虚血がさらに進行して細胞が壊死に至ると、Prxは細胞外に放出され、今度はDAMPsとして免疫細胞を活性化し、炎症を誘導して周囲の脳組織に二次的なダメージを広げてしまう。脳を守っていたはずの分子が、脳を傷つける側に回るのです。
この保存されたα3ヘリックス領域に対する特異的抗体を作製し、脳梗塞直後に投与したところ、梗塞体積の有意な縮小と神経症状の改善が得られました。抗体治療は発症後12時間まで効果が認められ、HMGB1に対する抗体よりも治療可能時間が長いことも示されました。
図:Peroxiredoxinの2面性の概念図
細胞内ではPrxは抗酸化酵素として活性酸素を消去し、脳細胞を保護する。しかし、虚血による壊死でPrxが細胞外に放出されると、保存されたα3ヘリックス領域を介してTLR2/TLR4を活性化し、マクロファージからIL-23を誘導して炎症カスケードを始動させる。Prxに対する中和抗体は発症後12時間まで神経保護効果を示した。
Original Paper
Peroxiredoxin family proteins are key initiators of post-ischemic inflammation in the brain
Shichita T, Hasegawa E, Kimura A, Morita R, Sakaguchi R, Takada I, Sekiya T, Ooboshi H, Kitazono T, Yanagawa T, Ishii T, Takahashi H, Mori S, Nishibori M, Kuroda K, Akira S, Miyake K, Yoshimura A.
Nature Medicine. 2012; 18: 911–917.
その後の展開——そして次の問いへ
この論文の発表以降、PeroxiredoxinがDAMPsとして機能するという概念は、脳卒中だけでなく他の疾患領域でも検証されてきました。特筆すべきは、PeroxiredoxinがTLRと物理的に結合することを分子間力顕微鏡(AFM)で直接証明した研究です。私たちが生化学的手法で示した結果が、ナノスケールの物理的計測によっても裏付けられたことは、大きな意味がありました。
振り返ると、この研究は「無茶」の一言に尽きます。脳の抽出液を画分し、質量分析で候補を絞り、一つひとつリコンビナントタンパク質を作って検証する。ポスドクだったから必死だったけれど、正直、よくPeroxiredoxinが見つかったなと思います。根性論ではなく、単に向こう見ずだっただけ。分子生物学が大好きで、分子探しに憧れていたから頑張れたけれど、冷静に考えれば途方もない仕事でした。ただ、こうした向こう見ずな研究がうまくいくこともある——それもまた、科学の面白さだと思います。
しかし、この研究を通じて一つの限界にも気づきました。先に発見したIL-17産生性γδTリンパ球のことを考えると、IL-23の産生をブロックするためにはPeroxiredoxinの細胞外放出そのものを阻止しなければなりません。しかし、壊死した細胞からの放出を完全に防ぐのは現実的ではなく、治療可能時間にも限りがある。つまり、「炎症を始めさせない」という戦略だけでは、脳梗塞の急性期治療には限界があるかもしれない——そう考え始めました。
ならば、一度始まってしまった炎症が「収束」するメカニズムを理解し、それを促進することで、もっと治療可能時間の長い薬を開発できるのではないか。Peroxiredoxinが放出された後、脳はどのようにしてこの危険信号を排除し、炎症を鎮めていくのか。次の研究は、そこに向かうことにしました。