なぜリンパ球に目を付けたのか
脳梗塞の治療薬として当時唯一使えたのは、発症から数時間以内に投与しなければならない血栓溶解薬(t-PA)でした。しかし実際に間に合う患者さんはごくわずか。「もっとゆっくり始められる治療法はないのだろうか」——それが出発点でした。
脳が虚血に陥ると、まず神経細胞が直接ダメージを受けますが、その後に免疫細胞が脳に集まってきて炎症を引き起こし、ダメージをさらに広げていきます。この炎症は発症から数日間かけて進行します。もしこの炎症を食い止められれば、発症後しばらく経ってからでも治療効果があるのではないか。そこで私たちは、炎症の主役であるリンパ球に注目しました。
Tリンパ球は脳梗塞を悪化させる——フィンゴリモドの治療効果を世界初発見
脳梗塞の後、血液中のTリンパ球は脳の傷ついた領域に集まってきます。私たちはまず、Tリンパ球を持たない遺伝子改変マウスでは脳梗塞が大幅に小さくなることを確認しました。Tリンパ球が脳梗塞の悪化に重要な役割を果たしていたのです。
さらに、多発性硬化症(MS)の治療薬として知られるフィンゴリモド(FTY720)が、Tリンパ球が脳へ侵入するのを阻害して脳梗塞を軽減できることを世界で初めて発見しました。フィンゴリモドはリンパ球をリンパ節に留め置く作用を持つ薬剤で、この発見は「既存の免疫調節薬を脳卒中の治療に応用できる」という新しい可能性を示すものでした。
脳から免疫細胞を取り出す——IL-17が炎症を長引かせる
当時、脳卒中の研究分野には最先端の免疫学的手法がほとんど導入されていませんでした。私たちは、虚血を起こした脳組織からセルソーター(フローサイトメーター)を使って免疫細胞を一つひとつ分離するという、脳卒中研究では前例のない実験に挑みました。
その結果、脳に侵入したTリンパ球はインターロイキン17(IL-17)という炎症性サイトカインを産生していることが分かりました。IL-17は発症3日目以降に増加し、神経毒性因子の産生を増幅させることで、脳のダメージを広げていたのです。一方、マクロファージが産生するIL-23がIL-17の誘導に必要であることも判明し、「IL-23→IL-17」という炎症の連鎖が明らかになりました。
IL-23の遺伝子を欠損したマウスでは発症初日から、IL-17の遺伝子を欠損したマウスでは発症4日目以降に脳梗塞が軽減されており、IL-23は発症初期の炎症に、IL-17は遅れてやってくる炎症——すなわち「長引く炎症」に関与していることが分かりました。
意外な犯人——γδ型Tリンパ球が炎症を悪化させていた
IL-17の産生細胞を特定するため、セルソーターで分離したTリンパ球をさらに詳しく解析したところ、驚くべき結果が得られました。当時、IL-17の主な産生細胞と考えられていたのはヘルパーT細胞(Th17細胞)でしたが、脳梗塞後の脳でIL-17を産生していたのは、Tリンパ球のなかでもごくわずかしか存在しないγδ型(ガンマデルタ型)Tリンパ球だったのです。
γδ型Tリンパ球は自然免疫に属する細胞で、通常のTリンパ球のように特定の抗原を認識してゆっくり活性化するのではなく、危険信号に素早く反応します。脳梗塞のような急性の組織損傷でいち早く炎症を引き起こすには、まさにうってつけの細胞でした。γδ型Tリンパ球を除去すると脳梗塞は軽減され、発症24時間後から抗体を投与しても治療効果が得られました。
図:脳梗塞後の炎症カスケードの概念図
脳に侵入したマクロファージがIL-23を産生し、γδ型Tリンパ球を活性化。γδ型TリンパはIL-17を産生して炎症性サイトカインやマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)の産生を増幅させ、脳梗塞後の神経傷害を悪化させる。
Original Paper
Pivotal role of cerebral interleukin-17–producing γδT cells in the delayed phase of ischemic brain injury
Shichita T, Sugiyama Y, Ooboshi H, Sugimori H, Nakagawa R, Takada I, Iwaki T, Okada Y, Iida M, Cua DJ, Iwakura Y, Yoshimura A.
Nature Medicine. 2009; 15: 946–950.
この発見がもたらしたもの——そして次の問いへ
この論文の発表以降、脳卒中後の神経炎症におけるγδ型Tリンパ球とIL-17の役割は、世界中の多くの研究グループによって検証されました。2016年には、Costantino Iadecolaらのグループが、脳梗塞を悪化させるγδ型Tリンパ球が腸から脳へと移動する可能性を示し、「腸―脳連関」という新しいパラダイムを提唱しました(Benakis et al., Nature Medicine 2016)。ヒトの脳梗塞でもIL-17産生細胞の存在が確認され、基礎研究の発見が臨床的にも意味を持つことが裏付けられています。
また、私たちが世界で初めて脳卒中への治療効果を示したフィンゴリモドは、その後、中国のグループによる臨床研究(Phase II)で患者さんへの治療効果が報告されました(Fu et al., 2014; Zhu et al., 2015)。しかし、製薬会社はこのドラッグリポジショニング(既存薬の新しい適応への転用)に積極的に動くことはありませんでした。
「炎症を抑えて脳を守る」というアプローチだけでは、脳卒中の根本的な治療にはたどり着けない——そのことに気づいたのは、この時でした。炎症は確かに脳を傷つける。しかし、傷ついた脳が「治る」ためには、炎症を抑えるだけでは不十分なのではないか。必要なのは、脳が自ら修復する力を引き出す、まったく新しい治療コンセプトではないか。
この問いこそが、後に「脳卒中ルネサンスプロジェクト」を立ち上げる契機となったのです。